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価値観や環境の違いを「老害」やら「ゆとり」やらで片付けるのはデザイナーとしての敗北宣言に近い

ラノベっぽくタイトルを長くして言いたいことをポイズンしてみたけれど、何かというと、まぁ言葉として世の中に「老害」やら「ゆとり」やらというものがあり、それらはときには自虐としてときには攻撃としてときにはネタとして扱われるけれど、少なくとも人のために何かを提供しているデザイナーはそれらの見解をそれで止めたら、それは職務放棄なのではないかと自分はおもう。


デザイナーは、その担当領域に様々な意見はあれど、なんにせよ「新しい認識を提供し、それを受けた人の生活をよりよいものにする」ということにそんなに異論はないのではなかろうか。


それを前提とした場合に件のニンゲンのカテゴライズは、まったくもってデザインを考えるうえにおいて逆で、なんというか、考えとして昔から根付いているものと新たに出てきた考えをうまく結びつけるものがデザインの醍醐味でおもしろさなのに、それを使用する人に対してそんなこと言ったら「店にご飯食べにきたお客さんに料理を出したらおいしくないと言われたから、あいつは味オンチだ」といってるのとおんなじだ。


モノを出したら評価される。評価というほど意識せず、人は出されたモノに対して感想をもつ。それはニンゲン社会でごくごく一般的な感覚で、評価したいとおもってしたわけでなく、それこそただのつぶやきみたいなものだ。それに一喜一憂して、モノを出した側が自分を守るために評価した人を評価し返す、というのも近頃よくみかけるけど、まぁ不毛だ。意味がないというより生産性がない。そこで評価し返して満足してしまったら、それよりいいものが産まれなくなるということを考えると、とんでもない損失だ。


どんなにやっかいでも、自分が出したモノに対するつぶやきは絶対に次の何かに繋がる。その繋げ先を言葉にしてそこで終わらせるか、さらに違うものにするかはその人次第だと一言おいたうえで、どうかもったいないので、そんなにつくることのできるあなたが、どうか言葉に惑わされてステキなものをつくるための考えを止めないでください。